どんなに
物珍しいと視線を集めても
ただ想い向かう先は
アナタだけ
〜 シルバーアッシュに接吻を 〜
「!!・・いらっしゃいませ、今日は一段とスゴイですね。」
深夜に差し掛かる、少し手前。
ケリーアのイエローライトを纏って、一人の男が甘い微笑みを湛えたままドアをくぐった。
「やぁ、こんばんは。カウンターいいかい?」
訪れは片手で足りる回数なのに、一目見ただけで鮮やかに記憶原にその姿を残す男は、ガサリと音をたてる腕の中の花を抱え直し、ホール係の誘いで青い海を渡る。
「どうぞ、ごゆっくり。」
オーダーは後ほど伺いますね、と。
定位置のスツールに男が着く前に、こっそりとホール係が囁く。
まったくソツのない、行き届いたサービス。
男は小さくアリガト、と言って微笑んだ。
男がふわふわと歩くと、カサカサ、柔らかな音を立てて、薄紅色の花弁が揺れる。
奥のボックス席から、溜息のような吐息が漏れ聞こえるが、男の向かう先を知ってか、誰も声は掛けない。
・・いや、掛けられない。
男の瞳は、綺麗にただ一人しか映していないからだ。
「こんばんは。着いて早々なんだけど、ハイ。」
カウンター中央の、シックなスツール。
本来ならば、常連客が誇らしげに座る筈のその場所に、男はごく自然な様子で腰を降ろすと、腕に抱いていた花束を差し出した。
わさっと揺れるのは、豪奢な牡丹。
絵に描いたような、もしくは造られたような、そんな優美でいて欠けの見つからない麗しの花を、腕一杯に抱えて来た男の様子を思うと、それは酷く似合いで、ひど
く人目を惹いたことだろうと、容易に察することができた。
「お土産、第三弾、だよ。ソレも、コレ、も、さ。・・側に置いてくれて嬉しいよ。」
何故か、この男が居る間は、誰もオーダーを出そうとはしないので、バーテンダーは優美に手を動かすこともないまま、どこかへと視線を彷徨わせている。
いや、視線は青いライトの向こうへとやられているのだが、その心の奥まではようとして知れない。
けれど、バーテンダーの手元でユラユラ揺れるグラスファイバーのオルゴールは、店のBGMになり。
鴇色の唇には、男が贈ったロータスピンクが彩られている。
物言わぬバーテンダーの薄い血色を鮮やかに見せる色は、不自然さを添えることなく、ひっそりと、男だけが分かる色。
進んで着けていたワケでないルージュの妥協点を、男は嫌味なく突いたという事か。
バーテンダーは、何も言わなかったが。
否定もしない。
それに、男は満足そうに笑みを浮かべるだけ。
けれど、誰も男の独りよがりだとは思わなかった。
それでいいと、物言わぬバーテンダーの僅かに揺れた視線が物語っているのを、彼が差し出された腕の花束へ、指先を触れさせたのに、悟ったから。
「・・せっかくですから、活けて参りますね。」
バーテンダーの指先が、花を一輪すくい上げ、そのまま止まったのを見計らってか。
ホール係が、そっと近づき、そう進言する。
すると、男がふわりと笑って、お願いするよ、と花束を差し出した。
「うん、少し、水が切れるの心配だったんだ。」
急いでいたから。
そう言った男に。
ふと、ホール係は、この不思議な客は、昼間はどんな顔をしているのだろう、と思った。
・・もちろん、聞くことなど叶わないのだけれども。
いつも、曜日も、時間も、決まりがないように現れる男。
なのに。
何故か、今日で5日目だ、と。
有り得ない程に正確に、男の訪れを数えている。
それは、この店で働く者達に共通の感覚。
「じゃぁ、今日はアティを。」
受け取った豪奢な花束を腕に。
ホール係がバックヤードへ行こうとすると、最後に、とても大切そうに手を離した男は絶妙のタイミングでオーダーを出す。
笑顔が、一等、甘く映る瞬間を知っているかのようだ。
「かしこまりました。」
緩くお辞儀をして、ホール係はカウンターを辞す。
歩くだけで重みを感じる花束に、これを軽々と持って現れた男に、また謎を深めたように感じた。
「…」
カウンターの内側に流されたオーダー表を聴覚だけで悟ると。
瞬時に脳裏に浮かぶボトルの銘柄を、無意識に引き寄せていく癖。
シェーカーの中にそれを注ぎ、我流の構えで振ると、それでカクテルは出来上がる。
男の、何の統一性もないようでいて、どこかポリシーを感じる今までのラインナップを思い出し、そこで少し驚く。
ザザ。
ハイ・ハット。
ディタ・アメリ・ルージュ。
ブロンクス、そしてアティ。
たった5品だが。
順番まで違えず覚えている自分が、居る。
どういうことだ・・???
シェーカーを降ろしながら、馴染んだオルゴールの旋律と水泡の音に混じって。
コトン、と。
控えめにカウンターの端に、自分の背丈を超えるかどうか、の高さに頂を支える。
ガラスの花瓶と、溢れんばかりの牡丹の花が咲き誇っていた。
・・何を思ってこの男が、こんなモンを寄越したのかは知らないが。
息苦しいばかりだったこの空間が。
男が何かを持ち込むたび、少しは呼吸が出来るようになったように感じるのは、気のせいか。
耳に触れる泡の音で、酸素を思い出し。
禍々しい赤を捨て、誰も気づかぬほどの彩りを唇に添え。
深海に咲く花は、青の染みついた網膜に色彩を与えて。
「綺麗ですね。」
自分の後ろに立ったホール係の男が、人懐こそうに笑う。
・・そう言えば、物怖じしねぇヤツだ。
フイッと、顎の角度を花から前へ返すと。
ソイツも笑った余韻だけ残して、ホールへと戻っていった。
「…」
見られることは、どこか物慣れない。
チラリと向けられる視線は大概が好奇心と畏怖で。
こんな風に、正面きって見つめられる、ってのは経験がない。
・・ヘンな男だ。
「アティって、好き嫌いがはっきりしてるって言うけど、ホントかな?」
シェーカーからカクテルをグラスに注いでいると、男がふと口を開いた。
ベラベラしゃべるワケじゃないが、スルリと意識をさらうようなタイミングで切り出すのに長けた男だ。
もちろん、話すつもりはなく、黙々と手を動かす。
「レモン・ピールとかで味、整えてくれるトコもあるけど、オレはこのまんまが好き。」
・・あぁ、そういえば、アメリを甘いって言ったか。
あれは、あれで甘くないはずだが。
「あんまり紫じゃないし、ちょっと素っ気ない色もいいよね。」
量を入れれば鮮やかに発色する紫をレシピに含みながらも、それと分からぬさりげなさ。
まるで、アナタの髪みたい。
素っ気なくて悪いな、とも思ったが。
目を細めて笑みを浮かべている男の顔の、その甘さに。
言い返すつもりも気力も失せて、意趣返しに『素っ気ない』カクテルに細工をしてやる。
・・ま。
花、受け取っちまったからな。
「・・わ。」
相変わらず、カクテルの名前も告げずにカウンターに出すバーテンダー。
しかし、ホール係は小さく、そう呟いて、カウンターの見慣れぬ光景に目を大きく開いた。
「わ〜・・デコレーションなんて、サービス?」
「…」
「ふふ、アリガト。綺麗だね、嬉しいよ。」
でも、気を使わないでね?
アナタに似合うと思ったから持ってきただけだから。
男の前にだけ広がる、薄紅の絨毯。
アルコールで消毒を施され、まるで夜露を浴びたかのように潤った花弁の唯中に、うっすらと透明でいて、どこか色彩をはらんだように映るカクテルが鎮座する。
ホール係は、この物言わぬバーテンダーが、こんな趣向を見せたのは初めてだと、正直驚いていた。
カウンターの上には、目に痛くないように、自然な間隔を持って牡丹の花弁が散りばめられている。
それは、あたかもたった今、活けたばかりの花房から、ハラハラと花弁が舞い降りたようだった。
「コレ、アナタのオリジナルになるの?」
ヒラリと。
一枚、カクテルの上に浮かべられた花弁を見つめて、男が言葉通り嬉しそうな顔のまま、尋ねた。
それに、バーテンダーはそっと瞳を伏せる。
云とも否とも、取れないほどわずかに。
「・・そっか。」
じゃぁ・・
楽しそうな男は、いつものように、けれど。
どこか何ともいえない色を滲ませて、そのカクテルを飲み干した。
花弁まで、残さず。
「コレ、俺専属、ね。」
チェック。
短く言い置くと、男はカウンターから拾い上げた花弁をバーテンダーの唇に押し当てて。
その上から、小さくキスをした。
「・・どっちだよ。」
「両方vv」
満足そうに微笑んで。
2度目、バーテンダーの口を開かせた男は、イエローライトを背負って、ケリーアを出ていった。
・・そんな、薄紅色の、夜の事。
To be Comtinued・・・
あっくん、更に貢がれ、ちょっと懐柔気味(?)の巻。(笑)
は〜い、千石さん、大輪の牡丹の花束担いで、夜の街を闊歩してきました!!
・・ソレくらいやってのけるおヒトです。
ここの千石さんは!!(笑)
あっくんは、やっぱり奢られっぱなしじゃ胸くそ悪ぃ、ってノリのバーテンダーさん。
さてさて、「専属」宣言されちゃったあっくん、返事は聞かないまま帰っちゃった千石さんに、どう出るか。(爆)
・・リベンジまでたどり着きましょうね。(><;)
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