戒めの印なのか
誓いの証なのか
それは誰も知らない
秘密のカラー
〜 シルバーアッシュに接吻を 〜
「いらっしゃいませ。どうぞ、カウンターへ。」
訪れが3の日を数えた夜。
ケリーアのイエローライトをくぐると、男はまるで常連の客であるかのように、バーの華である特等席へと案内された。
「じゃぁ、今日はディタ・アメリ・ルージュ。」
静かにオーダーを取るために背後に現れたホール係に、先夜も見せた甘やかな笑みを送って、男は静かに・・物言わぬバーテンダーへと視線を戻した。
緩く付いた頬杖に、柔らかなラインを描く顎を軽く乗せ、ひどく嬉しそうに瞳を細めてみせる。
「こんばんは。・・気に入ってくれたみたいだね、嬉しいよ。」
やはり、目の前で注文が出されても、ボトルを引き寄せるでもなく、バーテンダーは直立不動のまま、不思議で仕方がないほどの静謐さでもってそこに居る。
だが、ほんの少しの変化。
・・バーテンダーの手元には、先夜、男が置いていったオルゴールが、チラチラと繊細な光を放ちながら歌うように揺れている。
そして、今日はこのバーに流れるのは押さえられたクラシックでもジャズでもなく。
澄んで透明にすら聞こえ出しそうなオルゴールの旋律と、それに混じる水泡の音。
コポリコポリと、まるで自分の呼気がこの青い空間で泡に変わったような感覚すら味わえる。
「…」
そんな、水底に沈めたような世界に、コトリと小さな音。
グラスに満たされたベリーカラーに、男はクスリと口の端に笑み。
「流石だね。」
淀みなく出されたオーダー通りのカクテル。
可愛らしい、それでもキチンと流行を押さえているバーテンダーの有するレシピに、男は満足そうだ。
「これは見たの?」
グラスの縁をなぞって、男が聞く。
夢見がちで、けれど些細なことに一生懸命で、物事の裏ばかり見て・・知って、そこに身を置くことを良しとした者には、お伽話よりも甘い物語。
そんな妖精のような主人公の名を戴く、クランベリー色のカクテル。
「不思議なのは、アナタとイイ勝負だよ?」
微かにも動かないバーテンダーの表情だったが、男には何か分かったのだろうか。
クスクスと笑いながら、話を続けた。
「・・あぁ、美味しいけれど、オレには少し甘すぎるね・・」
クイッと、1度。
カラリと氷を鳴らせて、2度。
そして、ゆっくりと胸に手をやって、3度。
綺麗に飲み干したグラスをカウンターに置いて、男は微笑んだ。
「ごちそうさま。・・でも、アナタの方が、やっぱり綺麗だよ。」
呼ばれちゃったから、残念だけど、もう行くね。
男は、おそらく携帯の入っているであろう胸をぽん、と叩いて。
スツールを降りた。
「チェックを。」
いつものように、男がホール係に声を掛けると。
スッ、と。
白い手が、男の前に翳された。
「何かな?」
男が、嬉しそうに瞳をやる。
その先で、長い指が、音も立てずにグラスを下げた。
流れる、静かな無音時間。
「・・ありがとう。」
お礼なんて、いいのに。
苦笑に似たものを、唇の端に乗せ。
男はそれでも楽しそうに、バーテンダーの頬へと指を伸ばした。
そして、触れるか触れないかの距離で、白い頬を包む仕草をする。
「でも、似てるかもね。赤い口紅、アメリ・ルージュだ。」
・・不思議で、魅力的でさ。ホラ、
スゥ・・と。
指先が、薄い唇の上を滑る。
赤が、男の爪に宿り、纏う色を無くした口唇は、透けるように淡いベビーピンク。
「あぁ、残念。タイムリミットだ・・」
にこり。
甘い、腰が砕けるような眼差しと共に。
男は、短く「よい夢を。」・・そうとだけ言って、店を後にした。
カラン・・カラン・・と響くベルの音に混じって。
ホール係が、白いオーダー表を、そっとスラックスのポケットに入れた。
・・ここにも、都会のアメリがいる。
To be Comtinued・・・
あっくん、何処に行っても奢られッ放しじゃ気になる、の巻。(笑)
千石さん、そんな律儀さにますますメロメロ。
う〜ん、意外性に、やっぱり弱いですよね。
ちょっとだけ進展したのは、あっくんのお陰?
これでまた、千石さんは通い詰めることになりそうです。(^^)
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