ここは夜の海

誰も来ないような

深海

ゆらゆら揺れる

グラスと光

それだけがすべての

青い世界

 

 

 

〜 シルバーアッシュに接吻を 〜

 

 

 

 

 Yシャツの襟を整え、黒光するボウタイを着ける。

 磨き込まれたエナメルの靴。

 カウンターに入るときだけ着けるアームバンド。

 ・・そして、戒めのように僅かに引く、薄赤。

 

「チッ・・」

 

 今日も、威嚇するように銀の髪を逆立てて。

 ケリーアという名の店で、一人の風変わりなバーテンダーがシェイカーを構える。

 

 このバーテンダーは、一言も口を聞かない。

 流されるオーダーを聞いているのかいないのか。

 聞き返したこともなければミスをしたこともないのだから、多分ちゃんと耳には届いているのだろう。

 どんなに混んだ店内でも、オーダー表すら必要とせず、ただ黙々とカクテルを作るだけ。

 

 けれど、長く白い指が翻り、淀みなく色とりどりの宝石を作り出す様は圧巻で。

 ショーバーではないのに、いつも誰かしらが、遠巻きに彼のステアに見入っている。

 

 瞳合わさず。

 物言わず。

 愛想笑いのヒトツも浮かべたことはないのに。

 

 やはり、彼はこの店のナンバー1だった。

 

 

 いったい、歳はいくつなんだろうね。

 初老の紳士が問うた。

 

―――それが、私どもも知らないのですよ。

 

 いつからバーテンをしているのかしら?

 真っ赤なルージュが鮮やかな女がふと呟いた。

 

―――生憎と、気づいたら居ましたもので。

 

 どうしてああ無口なんだか。

 彼と同じタイを着けた青年が言った。

 

―――人魚姫なんじゃないかね。

 

 

 ここは深海。

 

 入り口のイエローのライトをくぐると、扉の向こうは深い青。

 白いYシャツは薄い青を宿し、ベストの黒は、より深みを増す。

 陸の上の、静かの海。

 まるで月のようだね、と。

 誰かが言った。

 

 

 

 

 

 

 

 カラン・・

「いらっしゃいませ。」

 ベルが迷い込んだ魚の訪れを知らせると。

 扉近くのホール係が誘いの声を掛ける。

「やぁ、こんばんは。カウンター、構わないかい?」

 にこやかに笑みを浮かべた男は、青に染まらぬ明るい髪にチラチラと光を宿してそう言った。

「はい。どうぞ、おくつろぎを。」

 スッと店内に腕を伸ばすと、男はスルリと歩み出す。

 キラキラとした鱗を優美に揺らめかせて、海中を行く魚のようだった。

 

 

 

「・・ご注文は。」

 先程のホール係が、オーダーを取りに行こうとして、少し驚いた。

 ごく、この席に着くのが当然だ、という顔で、男は件の物言わぬバーテンダーの前に座っていた。

 そして、口元には、あの得も言われぬ甘やかな笑み。

 仕立ての良いスーツと、趣味の良いネクタイ。

 おそらくは染めているのだろうが、どこまでも男によく似合った明るいタイガーリリーの髪。

 さわさわと、奥のテーブルから女性達のさざめきが伝わってくる。

 しかし、度胸のある客だと、ホール係は思った。

 

「じゃぁ、ザザを。」

 

 ふうわりと笑ってオーダーを出した男は、そのまま実に優雅に、目の前のバーテンダーに視線を移した。

 そして、そのままとても近しい距離にいる『彼』を見ている。

 ここまで側で言われたからには、注文は耳に届いているだろうに。

 しかし、カウンターの中で銀髪のバーテンダーは動こうとはしない。

 何処を見ているのか定かでない視線すら、誰にも悟られないような浮き世離れした空気を纏ったまま。

 静かに体の横に両腕を置いて、虚空を見つめているように見えた。

 

 

 やがて、ホール係からオーダー表がカウンターの向こうに流される。

 すると魔法のように、珊瑚礁のあるライトブルーの海水の如く、僅かばかり薄い青の中で、バーテンダーが動き出す。

 長身に見合った大きな、しかし繊細としか言いようのない白い手が微かな音を立ててビンを取り寄せ、注いでいく。

 最後に小さなオレンジ色の欠片が水面に落ち、滑るように男の前にグラスが出された。

「ありがとう。」

 やはり、カクテルの名を告げることもなく、ただ差し出すだけのバーテンダー。

 けれど男は気にした様子もなく、にこりと微笑んで、グラスに口をつけた。

 どこか奥深い、そんな味に微かに笑みまでを深め、男は閉じた瞳を開くと。

 すでに素知らぬ方を見ているバーテンダーに話しかけた。

 

「ねぇ、」

 

 最初、男が誰に言葉を向けているのか。

 ホール係を始め、並んでカウンターに入っているバーテンダーにも俄には信じ難かった。

 この風変わりなバーテンダーには、従業員を始め、店の雰囲気自体が触れることを躊躇うような、触れればその神聖さに似た静けさを壊してしまうような、そんなど

こか張りつめたものが漂っていたからだ。

 

 ・・もちろん、黒服の男は答えない。

 そして、それが、ここでは許された行為だった。

 

「アナタは、とても綺麗だね。」

 にっこり。

 真正面から見たならば、息を飲まずにはいられないほどに鮮やかな微笑みで。

 男は両手を、白い面を捧げ持つように上げ、そう言った。

 それでも、銀髪のバーテンダーの顔は微動だにしない。

 

 

 

「でも、綺麗過ぎて・・溺れてしまいそうだね。」

 

 

 

 え?と。

 ホール係が、僅かに顔をそちらに向けた。

 それを敏感に察知したのだろうか。

 男はスッとグラスを煽ると、「チェックを。」と短く言い、何事もなかったようにスツールを立った。

 ライトカラーのスーツが翻る。

 その時。

 

 

「オマエ・・」

 

 

 

 ポツリ、と。

 深海の僅かな酸素を振るわせるように、声がした。

 

 

 

「また来るよ。」

 

 

 それに、満足そうな笑みを浮かべ。

 男は青い海を後にした。

 

 

 

 

 まぁ、人魚姫がしゃべったよ。

 さわさわさわさわ・・魚たちのおしゃべり。

 

――――知ったことかよ。

 

 答えたのは、誰だったのか。

 

 

To be Comtinued・・・


あっくん、バーテンダーにさせられる、の巻。(笑)

千石さん、不思議ッコさん。

アレ?

何時も通りですか?(><)

微妙なバランスの上に成り立ってる関係が、楽しいお歳頃・・???

 

 

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