目の前の海はひどく綺麗で

何を見つめているのか

その先が気になってばかりの君が

・・ほんのわずか・・

口の端に笑みを刻んだ

 

コイゴコロ

 

「あっくん、外出ない?」

 トレーニング施設の目の前に広がる青いソレ。

 練習中に、屋内から汗を引かせるという名目でエスケープする度に、なんとなく目の端が眩しいと。

 ずっと気になっていた色だった。

「・・あぁん?」

 案の定、ほおっておけとばかりの気のない返事。

 けれど、重ねて「ねぇ、あっくん」と、ひやりとした腕に指をかけて問えば、今度は「勝手に行け」とすげないお言葉。

 

「ね、きっと風が気持ちイイよ?少しだけ付き合ってよ、ね?あっくん・・」

 

 ダメ?

 そう千石が亜久津の顔を覗き込むようにして、ふわりと笑った。

 この数日で見てきた、どんな千石の笑みよりも深いそれに、亜久津が怪訝そうな顔で見上げる。

 

「・・ナンかオモシロイのかよ・・」

 汗を吸ったウェアは、袖をまくり上げてあるし。

 シューズは素足に履いたのを、今は暑いと言って脱ぎ捨ててある。

 今からそれを支度しなおすのも面倒だった。

「うん?そうだねぇ・・」

 千石は、曖昧な相槌を打ちながらも、ふぅっと、またあの笑みを登らせる。

 何処を見て、何を思っているのか。

 容易には知れない、知ってはいけない・・そんな類の・・けれどひどく興を惹く笑み。

 

 亜久津は、珍しくそれに乗ってやることにした。

 

「・・面倒クセェ・・」

「うん。」

「突っ切るぞ・・」

「・・うん!」

 

 施設の向こうにはフェンス。

 それさえ越えてしまえば、すぐに広がるのは白い砂浜で。

 亜久津は、面倒だと言った言葉通り、その場にシューズを脱ぎ置いたまま、ザッと立ち上がった。

 プラチナの髪が揺れる。

「あっくん」

 千石が、短く名の響きを楽しむように呼んで、微かに視線を寄越す亜久津に、笑った。

「・・んだよ。」

「ううん?あっくん、足まで白いんだね?」

 フェンスの下で、千石がポイッと靴を脱いだ。

 ついでに、関節をガードしていたプロテクターも外す。

 身軽になったとばかりにトントン、と飛んでみせる千石に、亜久津は呆れたような顔をする。

「・・生まれつきだ。」

「そうだね、優紀ちゃんも色白美人サンだもんねぇ。」

 

 クスクスと。

 いつもの訳の分からない笑みじゃない。

 どこか、そう・・確か、典雅の、と。

 およそ似つかわしくない形容がピタリとくるような微笑だった。

 本当に、らしくもないと。

 ただそれだけを亜久津が確信するかのような、僅かの不協和音を纏った千石の儚げな、それ。

 

「オレも、日焼けしても黒くならない質だけど、あっくんなんか、真っ赤になって終わっちゃうでしょ〜?」

 ホラ、と比べるように出された発展途上の腕に、亜久津は一瞥くれると、「テメー程生っ白かねぇ。」と鼻で笑った。

「あ、ヒドイいなぁ。これでもちょっとは筋肉付いてきたんだよ〜?ホラ、ホラ!!」

 なおも突き出される腕に、亜久津はゴツリとした音を立てて腕をぶつけてやった。

「どこがだっつーんだ?」

 骨の突き出した、筋の浮き立った亜久津の腕。

 こんな短期間にでも、テニスをするのに不足のない躯に作り替えられていく、しなやかで極上の・・

「う〜ん、あっくんは綺麗だからねぇ。比べられちゃうとちょっとツライかぁ。」

 掌1つほど違う、腕の長さ。

 並べた筈の視線は、千石が女の子に見上げられる時のように、上を向いて。

「あ、でも・・手の大きさだけは、イイ勝負じゃない?」

「あぁ?」

 グッパーと開いて閉じて。

 繰り返すと、今気づいたというように亜久津がそれを見る。

 何故か夜の間だけ凝った細工のシルバーのリングを付けているのを、朝、洗面所で外していたのを思い出し、そういえば、と亜久津は自分の手を掌を上にしてみた。

「ホラ、この身長差なら、関節ヒトツは余裕で違うハズでショ?」

 確かに、ごく自然に触れないよう・・それでも挟まれた空気が熱を伝えるほどには重ねられたように思える掌は、あつらえたように同じ大きさ。

 僅かに細い指先が、未発達の千石の名残を残すようで、亜久津に不思議なような感覚を残した。

「ふふ、これなら、あっくんの背にも追いつけるかもね?」

 

 嬉しそうに。

 千石が笑う。

 ガキの癖に、どこか達観したように遠い目をして空を、海を見ていた男。

 今は、自分と同じ大きさの手で、ブルーのフェンスに体を伸び上がらせている。

 

「・・ハッ、そうなったら」

「なったら〜?」

「コッチだって伸びてるっつーの。せいぜい、んなコトになんねーよーに、な。」

 ガシャンと。

 亜久津が10cmほど上にいた千石を追い越し、思わず手を伸ばしたくなるほどに鮮やかに身を躍らせて、フェンスの頂上を越える。

 

 

 羽でも生えてるんじゃないかと。

 あぁ、その四肢は地を駆けるためにあるのだと。

 

 

 まざまざと見せつけるかのように、亜久津は砂浜に降り立ち、悠然と海を目指す。

 千石は、それをフェンス越しに見て。

 

 

「あ〜っくん〜!!待って、待って〜!!キヨくん、足が華奢だから飛び降りらんないよ〜!!」

 

 

 そう軽く言いながら。

 側にあった棕櫚の木の枝を軽やかに蹴って、後を追った。

 チラリと振り返った阿久津が、「猫かテメー。」そう言うほど、軽やかに。

 そう。

 懐かないハズのオレンジの毛並みをした猫が、銀髪の彼にだけは、一目散に駆けていくのだ。

 迷いなど、ありはしないような・・そんな顔をして。

 

 

 

 

 

「キレーだねぇ、あっくん。」

 砂浜は、白い白い波打ち際に消えるサラサラとしたパウダーサンドに覆われていた。

 利用する者がほとんどいないと施設の管理者が言っていたように、自分たち以外には、人影も、ゴミすらもない。

 そこに、広いインターバルのものと、あっちへいったり、こっちへ来たり、じゃれあうように見える足跡が、重なり合うようにして4つ続いている。

「あぁ?」

「キレーだよねぇ?結構、今までの合宿って山ん中ばっかだったし、海って久しぶり。」

 だいたい、普通は海際になどテニスコートは作らない。

 塩害だってあるし、整備が並大抵ではないのだ。

「そーかよ。」

 流石にウェアには煙草のボックスは仕込んでいないらしく、トントン、と癇性に亜久津の指が腿を叩く。

 その癖を見付けて、フゥッと千石の頬が緩まった。

「ねぇ、あっくん、」

「・・んだよ。」

「あっくん、タバコ、いつから吸ってんの?」

 仕草で吸う真似をしてみせると、説教は聞かねーという顔をする。

 海風に靡く銀髪が一筋、首元にかかるのが、どこか印象的だった。

「・・オレはねぇ、何年前かなぁ?貰いタバコがサイショ。」

 ケロリと言い放つと、亜久津が興味を引かれたのか、僅かに顔を傾けた。

「オマエ、吸ってたのか?」

 意外だと言わんばかりの声。

「うん?あぁ、あっくん、オレの事、随分、イイコちゃんだと思ってくれてるんだったよねぇ〜。」

 クスクスと笑う千石。

 その表情は相変わらずアンバランスで。

 目の前の海を映しているのかどうかも、亜久津にはどうでもよかったが、判別しようがないとも、思った。

 誰にでも、何にでも興味のある顔をしておいて、その実、見る気すらないのか、見えていて、やはり視界には納めておくほどの価値を見い出しきれないのか。

 ・・本当に、知ったこっちゃなかったが。

 

 遠くを見ている千石は、悲しそうで、幸せそうな。

 いつかどこかで会ったことがあったような、そんな懐かしい気さえさせる、奇妙な感覚を与えて、そこにいた。

 オレンジの髪が。

 同じ色の太陽に溶け込んで行く。

 

「あ〜・・日が暮れてきたねぇ。」

「そりゃ、な。」

 別にすることもなし。

 亜久津が適当に砂浜に腰を降ろすと、千石はごく自然に左側、その少しだけ後ろに手をついた。

「合宿も明日で終わりかぁ・・」

「明日は帰るだけじゃねーの?」

 何を惜しむことがある。

 蒸し風呂みたいな施設内の筋トレも、海風でタバコが湿気るのも、明日で終わり。

 いいんじゃねぇ?

 亜久津は、そんな顔で気まぐれに千石を見た。

 

「うん。でも、あっくんとず〜っと一緒、ってワケには行かないデショ?」

 

 ニコッと。

 千石は首を反らせて風を感じているらしい亜久津に言った。

「あぁん?」

 意外すぎる返答に、コイツのことだから、諸手挙げて脱・スポ根!!とかはしゃぎまくるのかと思っていたらしい阿久津は、怪訝そうにいらえを返した。

「あっくんってさぁ、見るからに不良サンしてんのに、ケッコ、優しいデショ?」

「ハァ?」

「南チャンの席、蹴っ飛ばしたのも、オレの頭はたいたのも、だよね〜。」

 酔いやすいだろうなぁ、と誰もが思う南の神経の細さを知ってか、知らずか、多分、気づいたのだろう。

 行きのバスでの出来事だった。

 不機嫌全開の顔で前の席を足蹴にした亜久津に青い顔して移動したのは、丁度、後輪の真上の席のクジを引いた南だったが、その背中はどこかホッとしていた。

「・・知らねー・。」

 記憶にも残ってないという顔で言う亜久津だったが、斜め後ろにいる千石には、微かに夕日に染まった耳が、赤味を増しているのが見えた。

「そっかぁ、残念!あっくんにハタかれちゃったお返ししてやろ〜って思ってたのに、覚えてないんじゃ、アバラ折れちゃうもんね〜。」

 明るく笑って言う内容ではなかったが、千石は洒落にならないことも充分承知していた。

 山吹で危険人物の鑑札をそれとも思わず引っ下げているのが、彼であるからして。

 とはいえ、自分にどこかしら思いあたる節があれば、亜久津は無碍に怒ったりはしない。

 ・・もちろん、亜久津に何かしかけるような大それた事をやらかす輩は、千石以外に存在しないのだから、保証の限りではなかったが。

「アバラで済んだら、な。」

 ボソッと呟く亜久津に、またまたあっくん、照れ屋さん♪と上機嫌に言い放って、千石は流れるように口笛を吹いた。

 澄んだ音が波音と混ざり、亜久津には耳元で誰かが囁いているように聞こえた。

 

「そうそう、なんか話、逸れちゃったねぇ。う〜ん、それからねぇ、さっきも言ってたケド、色、白いのもいいよね、触ったら冷たそうで。」

「・・んだ、そりゃ・・」

「それからねぇ、目、ギラギラしてて、舐めたら美味しそ♪」

「・・は・・ぁ?」

「体のバランスいいし、あっくんて、ホラ、なんか、すごいキレイだよね〜。」

「???」

 

 斜め後ろから聞こえてくる楽しげな声。

 亜久津はどこまで、とは明確に決めずに聞き流しながら、背を半分、砂浜につけて、部屋で雑誌を繰る時のような体勢になっていた。

 聞き慣れない、ハハオヤが職場から貰ってくる腕一杯の花に向かって言うようなセリフの欠片が聞こえてきたようで、そこは少し耳についたが・・

 亜久津は水平線を見ながらぼんやりとしていた。

 

 

 

 

「・・ただ好きなだけなら、キレイじゃなくっていいのにね?」

 

 

 

 

 ポツリ、と。

 風に混じっていた口笛と、変声期か曖昧な声が、止んだ。

 亜久津が、伏せていた瞳を上げる。

 

『・・なんだ?』

 

 斜め後ろに座り込んだ男は、伸ばした膝を引き寄せ、頬をうずめるようにしているようだった。

 同じくらいの大きさだとはしゃいで見せた手は、掌に白砂を乗せ、天を向いている。

 うずもれた手首は、流石に自分より細かった。

 

「キレイだから好きって言うけど、キレイじゃなきゃ好きになれないワケじゃないし。」

 

 哲学か?と、柄にもないと自覚しながら亜久津が思ったのも無理はないかもしれない。

 が、別に千石は宗教でも倫理でもない次元で口を開いているようだった。

 

「あっくんは、格好イイっていうのが、しっくりくるんだけどね?きっと。・・でも、オレにはキレーなのよ。あっくんって。」

 

 呟きは海風に溶けるようにして紡がれる。

 掌の上の砂は、千石の手が沈むのと同じく嵩を増やしていく。

 あのヘーゼル色の目は、見えない。

 オレンジの髪は、夕日に染まって、鮮やかな血色。

 

 得体の知れない、千石清純。

 

 それは変わらない筈なのに、目の端に映る膝に顔をもたせかけた横顔が、ダブッた。

 遠い昔、雷が嫌いだと言った・・誰か、に。

 

 ソレハ、ヒドク、ヒドク・・?

 

 

「・・ったく、テメーは、唐突だっての。」

 

 亜久津は、面倒くさそうに溜息をひとつついた。

 そして、ワシワシワシ、と髪を掻き、ゴロリと横たえた体を反転させる。

「あっくん?」

 そうなると、必然的に千石の前に腹這いの状態で亜久津が居ることになり、きょとりとした顔がようやく見えた。

 

「バカ面してんじゃねー。どうでもイイが、その辛気クセー顔、今すぐどっか捨てて来い。」

「はぇ?」

「ウゼー。2度言わせんじゃねー。テメーはいつもみてーに薄気味悪ィ位でいいんだ。」

「ちょ〜っとあっくん、それ傷ついちゃうよ〜?」

 いきなり饒舌に話し出した亜久津に千石が情けない顔と、驚いた顔の狭間で「え!?えっ!?」となっていた。

 だが、目だけは・・どこかチラチラと羽虫のように正体の見えない翳りが過ぎる。

 亜久津はそれを見付けて、眉間の皺を深めた。

 

「それ消せ。マジでムカツク。」

「ソレ〜?」

「・・ヘラヘラ笑うんなら、きっちり笑いやがれ。できねーんなら、笑うな。泣け。」

 

 ズバッと言い切って、亜久津は不機嫌そうに顎の下で砂浜についた手を台にした。

 そして、グイッと千石のオレンジの髪を上に引っ張り上げた。

 長い、右手で。

 

「あ〜っくん?」

「あーあー。気ぃ抜けた声で呼んでんじゃねー。ダリぃんなら、そういう顔してろっつーの。」

 ベシリと持ち上げた手で千石の頭をはたき、亜久津は呆れたように言った。

「う〜ん、別に風邪はひいてないよ〜?」

「そういうんじゃねぇ。」

「あ、そうなの?じゃぁ、心配してくれるんだぁ、嬉しいなぁ〜。」

 ニッコリと笑った千石は、流石に・・誤魔化しているのとは違う表情だったが。

 すぐ側にある亜久津には、まだ釈然としないようなものを感じさせた。

 ピジョンブラッドに染まった瞳が、ゆっくりと細められる。

 千石は自分の頭を引き下げている亜久津の腕を、やはり「キレーだよねぇ」と視線でだけ愛でた。

 

 

「明日は、きっと雨だね。」

 

 

 頭を引かれたまま、千石が言う。

 あまりに目にも鮮やかな落日は、明日の空模様を海に沈めるよう。

 千石は、それを見るともなく瞳を伏せ、立てた膝を砂に倒した。

 サラサラと、音がする。

 

「・・なら、帰りたくねーなんてダダこねんじゃねー。」

 一緒にいれないだの、キレーだの。

 好き勝手言って、とどのつまりがソレなんだろう?と。

 亜久津が呆れたように口にすれば、「バレちゃった?」と悪びれない笑顔。

「別に、名残惜しいワケじゃないんだけどね?・・ココじゃないと、あっくん、独り占めできないデショ?」

 この地でなくても、いいんだよ、そう閉じた瞼の裏に何が浮かぶのか、千石は目の端にだけ、切なげな色を浮かべた。

 

 

 

「なんかねぇ、オレってば、あっくん・・」

 

 

 

 ザァァァァ…!!

 

 

 

 大きな波音が、言葉の先を浚って、そして。

 亜久津の素足を、赤く、赤く染めた。

 

 

 

 

 

「冷てぇ・・」

 波に晒され、足先から砂が攫われていく感覚。

 亜久津がボヤくと、千石はクスクスと笑って、その自分に触れたままの腕を外させた。

「あっくん、ひょっとして、冷え症?ダメだよ?体は大事にしないと〜。」

 胡散臭い口上で、千石はパッと立ち上がると、ウェアについた砂を払った。

 顔をしかめた亜久津は、誰が冷え性だ、コラ、と、足に触れた水を、千石に向かって跳ね上げる。

 狙い通り、見慣れない若草色のジャージは一部色を濃くし、千石は「冷たい、冷たい〜!!」とガキらしい顔ではしゃぎまわった。

「・・おわっ!!無茶すんじゃねー!!」

「ふふ〜♪あっくんが先にかけたんじゃない〜!!正当防衛☆正当防衛☆」

「過剰防衛の間違いだろ、コラ!!」

 バシャバシャと音を立てて千石が水を亜久津に浴びせた後、脱兎のごとく逃げ出す。

 彼とて命は惜しいらしい。

 亜久津も、負けじと跳ね起き、駆けだした。

「きゃぁ〜!!あっくん、その鬼気迫る形相、キヨくんドキッとしちゃう〜!!」

「シナつくりながら逃げんじゃねぇ!!内股もよせ!!」

 ハタから見たら、どこのアレだか解らない・・青春映画か恋愛ドラマか、そんなとんでもない追いかけっこも、本人達は至って素で繰り広げている。

 千石は思いだしたようにからかう口振りで、水際の海水を亜久津にかけ。

 亜久津は鬼神もかくやという顔で、千石をひっつかまえようと躍起になっていた。

 

「にゃはは、あっくん、けっこうビショ濡れ!?前髪降りちゃって、カッワイイの〜!!」

「抜かせ、このオレンジ頭が!!」

 足跡が絡まるように、続いては、波にかき消され。

 潮騒に飲まれるが如く、異なる色の髪が揺れる。

「あっくんだってプラチナじゃん!?あ、でもキレーだからねぇ、あっくんの!!」

 

 そんな。

 どこにでも、よくある光景で。

 ただの。 

 可愛いじゃれ合いなら、よかったのに・・ね?

 

 

 

 鼓動が、それを裏切るから。

 ボクは、キミに・・

 

 

 

 

 

「キレイ過ぎて、眩暈がするね・・?」

 

 

 

 

 

 

 そう言って。

 足を止め、わざと亜久津に捕まった千石は。

 痛い程に握りしめられた手首をそのままに。

 

 水際に、四肢を絡めて倒れ込んだ、その勢いで。

 

 

 

 

 亜久津に、口づけた。

 

 

 

 

「ねぇ?あっくん…」

 

 ひどく、悲しげな・・キスだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・オイ、重テェ・・」

 ウェアは海水をこれでもかというほど含んで、髪はシャワーで流したように頬に張り付いている。

 上にのし掛かっているヤツは、ヒトの心音でも聞いているのか微動だにしない。

 

「あっくん・・」

「んだよ。」

「あー・・っくん。」

「だから、ンだってんだよ。」

 

 気の抜けた声で名前を連呼され、珍しく聞いてやってんのに、と亜久津が諦め半分、千石の頭に手をやる。

 ベチリと湿った髪をはたき、グシャグシャにしてやると、微かに吐息が笑ったように感じた。

 

「なんでもないよ?」

「冗談、顔だけにしろよ。」

「またまた、キヨくん、確かに冗談みたいにイイ顔してるけどね〜?」

「脳味噌湧いたか・・」

 

 いやに真剣な顔したり、茶化して笑って、煙に巻く口。

 アンバランス、不協和音。

 何か言いたげな癖に、言わないと決めているような、そんな曖昧さで。

 今は紺碧を背負う、千石がいる。

 

 

 ザァン・・

 

 

「亜久津…?」

 波に浚われる銀糸。

 大人しく、自分の下になど甘んじてくれるヒトではない。

 なのに。

 何もかもをインディゴの波打ち際に横たえ、硝子よりもありのままに光を閉じこめる瞳で・・千石を見つめている。

「ねぇ・・亜久津?」

 切ない声。

 泣いてない癖に、ナキソウに聞こえるほど。

 胸が、痛い。

 落日が、夜を連れてくる。

 時間がないね?

 まだ、キミの側にいたいのに・・

 

 

 

 

「・・いりゃーいーじゃねー?」

 

 

 

 

 耳元で、波が音を立てている。

 こんなにも・・自分を押さえている顔をした人間を、亜久津は見たことがない。

 それほどに、オレンジの髪から雫をしたたらせ、自分の間近にいる男は、ただ…

 

 

 

 

「欲しけりゃ、奪いに来いよ。」

 

 

 

 

 何を欲しがってるのか、そんなのは知ったこっちゃない。

 でも。

 ンなに物欲しそうな顔で、色変わる位唇噛みしめて。

 欲しくて欲しくてしょうがねー。

 そんな顔するくれーなら・・

 

「引くな。獲れよ。手に入れてみろよ、エェ!?・・千石っ!!」

 

 

 ギッと。

 見る者を跪かせるような眼光で、亜久津が千石を睨み上げた。

 しとどに濡れた全身から、威圧するような何かと共にぶつけられた言葉。

 

 躊躇うな。

 欲しがれ。

 喰らい尽くせ・・!!

 

 ドウセ

 オマエガ 欲シガル モノ ナンテ

 

 

 ドウセ

 ドウセ

 コノ世ニハ・・

 

 

 

「オレが、欲しいんだろう・・!?」

 

 

 

 ヒトツ キリ ナンダロウ・・!!

 

 

 ザバァァァン・・!!!

 

 

 

 

「・・っめ・・て・・」

 海水が、目に膜を張る。

 押さえつけられた四肢の上を、水が滑る感触。

 引き、打ち寄せ、泡立つ波が、すべてを攫って。

 

 

 

「・・って、いいの・・?」

 

 

 目の前の、この男は。

 ただ、自分を欲っしているのだと。

 亜久津は直感が命じるままに、意識外で、肌で、理屈もなにもかなぐり捨てて。

 『解って』いたのだ。

 

 自分を欲しがれと。

 欲しがっていることを隠し損ねた男に言える程に、忠実に。

 

 

「言えよ。何が欲しいっ・・!?」

 

 

 怖いくらいに、真剣な目の、男。

 闇が迫る、その勢いさえ、瞳に閉じこめて。

 のし掛かる重みに、腕が、脚が、もろい砂の敷布に沈み込む。

 

 奪っていいの、と聞かれ。

 好きにしろと言った。

 

 口づけるよ、と宣言され。

 拒む間もなく噛みつかれた。

 

 オレンジの髪が、まとわりつき。

 冷たい指先が、首元を掠めて、白い歯が、立てられる。

 

 顔を舌が海水を掬うように行き来して。

 耳元に、アクツ、アクツ、と浮かされたように熱っぽい声が落ちてくる。

 

 笑えない、冗談のような触れあいだった。

 同じ大きさの手。

 白いと、小さな呟きと共に。

 

 つま先に滑り、そのまま千石の唇が降りる。

 

 

 ゾクリとするような目で、こちらを見る男。

 誰が見ても、反則だと言いたくなるような、徒な表情。

 そのまま喰らいつくされても、文句は言えない。

 

 

 赤い舌が、足を舐め上げる。

 細い指が、体を辿る。

 

 

「亜久津・・」

 

 いつものような、ふざけた名ですら呼ばない。

 それが、コイツの切羽詰まった態度なのかどうか。

 判断する前に、好き勝手されるのが性に合うはずもなく、ヤツの肩に右脚を突っ張って。

 

 亜久津が、ニヤリと笑った。

 

 

 

「オレ様が欲しけりゃ、死ぬ気で奪いに来い。・・気ィ抜いたら、殺るぜ。」

 

 

 

 

 物騒な。

 ギラギラした、千石の今の瞳にも劣らない。

 目の色。

 気配。

 

 年齢も。

 バックグラウンドも。

 

 なにもかもゼロにして、圧倒的な強さで飛び込んでくる、鮮烈な殺し文句。

 亜久津が発したソレを、どう取るかなんて、それを言われた男だけが知っていればいい。

 

 

 

 

「・・上等。せいぜい、オレに喰い殺されないように、逃げてよ?」

 

 

 亜久津。

 

 笑みの仮面を脱ぎ捨て、獰猛な光を宿した目をしながら。

 どこか矛盾した優しさを湛えて。

 慈しむように、千石は亜久津に口づけた。

 

 

 ・・自分だけの獲物だと。

 

 まるで、印をつけるように。

 厳かに。

 情熱的に。

 譲らない・・いつにない・・熱さで。

 

 

 

 

 

「喰うか、喰われるか・・楽しみだね、あっくん。」

「・・喰われてたまるか。」

 

 

 

 ザァァァン・・!!

 

 

 

 青い海は、今はもう・・

 闇を包み込んで、漆黒を宿し。

 明日の色なんて、知りはしないと言いながら。

 

 海辺で重なる二つの影を。

 ただ静かに、見守っていた。

 

 

To be continued・・???


実はコレ、前編があるのです。(笑)

ヒト様にお捧げさせて頂いた物体の続編(?)と思しき今回のお話なのですが、伏線張った分がないので、補足が必要かも。(涙)

あっくんは、山吹の合宿にブランクを埋める(&短期間に筋力をテニス向けにする)ために強制参加。

キヨさんは、そんな思っても見ない偶然(?)を、合宿出発の朝に知って有頂天。

相変わらず問題児驀進中のあっくんですが、キヨさんはそんなことは知りませんvv

やぁ、オレってラッキー♪な勢いであっくんを構い倒します。(笑)

練習中も、食事中も、入浴時間も、就寝時も、おはようさんも、とにかくあっくんがいないと始まりません。(爆)

で。

そんなこんなで、合宿最終日。

どっから見ても軽そうなキヨさんですが、流石に「コイツ、フツーのバカとは違うんじゃねー?」な感想を抱いていたあっくんは誘われて浜辺に。

・・というのが、今回のお話です。(すみません、ちっとも補足になってませんね・・!?)

まぁ、とどのつまりが、キヨさんはあっくんが『欲しく』て。

あっくんは、よくわからんが、別に『欲しがれば』?な微妙な関係。

中学生にしてはギリギリな、でも素直に「欲しい」とは言えないお年頃の彼等で、この後どうなることやら。(笑)

『欲しい』『好きにすれば?』

その後は?

(↑誰が気になるって、篝がです。)

・・どうにかなっていればよいのですが。(笑)

 

それでは、長々とおつき合いを頂き、誠にありがとうございましたvv

 

 

 

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