側にいる意味を

考えたら負けだと思った

触れあう指先に

熱を求めるのは

罪だと悟ったのは

・・おまえだから・・

 

 

恋のから騒ぎ

 

 

 

「あっく〜ん!!あぁっく〜ん!!お〜い!!待って、待って、待って〜!!」

 

 ガバァァァァッ!!!

 

 擬音語をつけるならばそんな勢いだろう。

 亜久津は、いきなり背中にかかった加圧に、「げっ」となんとも言えない空気を吐き出して、後ろにのめった。

 ・・あの勢いで背後から飛びかかられたら、現役K1選手でも危ういのではないかと思われる。

 しかし、亜久津には待てと言われて待つ義理も声を掛けられるアテもなかったので、もちろん歩みは止まらない。

 ズリズリとなにやら重い気もするが、無視、無視、無視。

 売られた喧嘩は、そこそこ買うが、どうも後ろからぎゃぁぎゃぁ言ってくる声は、そういった類ではなさそうだ。

 どちらかと言えば、自分には絶対に声を掛けてこない夜の繁華街にいる客引きのようだった。

 

「帰るの!?帰っちゃうの!?じゃぁ、一緒しようよ〜vvね〜、あっくん☆」

 

 ・・訂正。

 言っていることは、客引きとなんら変わりない。

 

「ボケたコト言ってんじゃねぇ・・。離れろ。」

 ようやく反応を見せた亜久津に、命知らずのくっつき虫は、こともあろうによじよじとその白ランの背中におんぶ状態で登ってしまった。

「あっくん、質問にはちゃ〜んと答えよ〜ね〜?」

「は?」

「もう!ちゃんと聞いたじゃないか。『今帰り?』『だったら一緒しよ?』ってさ〜。」

 後ろから結構な力で首を締め上げられ、亜久津はとりあえず怒るより先に、『???』という状況らしい。

「あっくん???聞こえてる〜???」

 しかし、それを分かっているのか、いないのか。

 締め上げてる張本人は、ケロリとした顔で亜久津の表情を覗き込んで、目の前でヒラヒラ手など振ってみている。

 ・・それを見て、阿鼻叫喚地獄絵図、なリアクションを呈しているのは、たまたま食堂に向かう途中だった生徒及び教師陣である。

 おい、あれ亜久津じゃないか・・とか、せ、千石!?とか、言いたいことはよく分かるんだけど、というざわめきが追いかけてくるのを、亜久津はともかく、千石は

キレイに自分の聴覚と視覚から滅却していた。

 亜久津は・・そういう自分に向けられる雑音には興味がないのか、慣らされてしまっているのか、気にもしないようだった。

 というわけで、亜久津は背中にそこそこの身長を持った千石をひっつけたまま、次第に剣呑な眼差しを宿し始める。

「テメェ・・誰かと思えば、さっきのイカレ野郎・・」

 言うが早いか、亜久津が千石の右手をグンッと引いて、自分の目の前に背負い投げた。

 綺麗な弧を描いて千石の脚が宙を舞い、そしてまたスタン、と空中で体勢を整えて見事に着地してみせる。

「ふふ、やっぱりあっくんは手が早いね〜。うん。そんなトコもいいね〜♪」

 にっこり、と投げられたことなど微塵も気にしていない笑顔で言い切る千石に、また亜久津が屋上で会った時のように怪訝さを隠そうともしない顔で、もう知るかと

ばかりに横を通り過ぎて行こうとする。

 ・・喧嘩はヤル気になったら売ってでもする癖に、千石相手にはそういう気にもならなかったらしい。

 屋上の一件から、すっかり亜久津の中では、このオレンジ頭はヤベェという認識が成されているようであった。

 

「あ、無視するのはナシ〜!ってか、一緒に帰ろうよ?あっくん。」

 そう言って自分の前にさりげなく立ちふさがる少年に、亜久津はグッと眉根を寄せた。

「・・ソレ、やめろ。」

 ほえほえと笑う千石と、苦虫を臼歯で粉々に噛み潰した挙げ句に味わってしまった・・というような、苦い苦い顔をした亜久津を、ハラハラと見守っていた、もしく

は野次馬していた人間たちは、一瞬、え?という顔をする。

 軽く千石を投げ飛ばしたくらいなのだから、今度は拳が間違いなく出ると思っていたのだが。

 

「『あっくん』?」

「・・そうだ。」

 

 完全に人間の言葉は分からないのではないかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。

「いいじゃない?亜久津のこと、あっくん、て呼ぶの、オレだけじゃん?」

 オレ、オレ、と自分を指さす千石。

「・・オマエが呼ばなけりゃ、誰も呼ばねー。」

 立ちふさがった千石をどけるにはどうしたものかと考えながら、投げて駄目、蹴っても殴ってもダメとなったら、後は・・と、亜久津はツラツラと思考を巡らせてい

る。

 すっかり、苦手意識が先行してしまっているようだ。

 本人は、そうとは認めずとも。

「うん。だから、オレだけ、トクベツ、ね?」

 に〜っこり。

 南がみたら寒気を覚え、東方が見たら卒倒しそうなほどに優しい笑顔を浮かべて、千石はパッと両手を開いて亜久津に提案してみた。

 

 だって、トクベツなんて、すっごい気分いいし。

 

「・・んで、テメーなんざを・・」

 もちろん、すんなりと亜久津がOKを出す筈なと微塵もなく。

 ギラリと殺人光線を浴びせてくるが、千石は飄々としたもの。

「うん?あ、オレだけあっくんって呼ぶの不公平?じゃぁ、あっくんもオレのこと・・」

「ぜってー呼ばねー。」

 これだけは妙に言い切って、亜久津がギンッとさらにキツイ眼差しを送ってくる。

 あ〜ん、イタイ・イタイ、とか言いながらも、千石はひどく上機嫌だ。

「いいよ〜だ。あ、じゃぁ、あっくん。」

「・・んだよ。」

 どうやら千石の話を聞くしかないと諦めたのか、亜久津は不良らしく片手をポケットに突っ込み、気怠げに左に重心を傾けて立つ。

 おそらく、見えない指先にはライターでも触れているのだろう。

 メンドクセーと顔に書いてあるが、とりあえず返事はしてくれた。

 

「今から帰るんでしょ?」

「・・テメーが邪魔しなきゃな。」

「それは言いっこなし〜。で、あっくん、今何時?」

「あぁ?んなのテメーで・・」

「な・ん・じ?」

「・・チッ、1時前だろーが。」

「うっわ、あっくん、イイ時計してんじゃん?何?プレゼント?」

「・・あ〜・・どうでもいいだろうが、んなこと。」

「あ、図星だ。」

「っせーな。時間がどうした。」

 触れて欲しくない話題だったのか、珍しく亜久津が先を促した。

 

「そうそう。あっくん、お昼は?」

「昼?」

「そ〜、お昼ごはん〜!!」

「?別に・・」

 ボソッと答える亜久津。

 が、その眉間の皺に、困惑の色を読みとって、千石が亜久津に見えない位置でにや〜っと笑った。

 

 

 

「じゃ〜、『あっくん』の専属契約金に、オレがあっくんのお昼を作ってあげましょ〜♪」

 

 

 パチン、と様になるウィンクを決めて、千石がそう言うと。

 そこにいた全員、千石でさえもが「いらねー」という答えを信じて疑わなかったのに。

 当の亜久津は、一呼吸の後。

 

 

 

 

 

「・・マジで?」

 

 

 

 

 

 拍子抜けするほど素の表情で、千石に向かって。

 「へー」と言う顔のまま、カリカリと頬をかいてみせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ〜っくん、で、何がいい?和食、洋食?流石に中華はお昼からキツイ?」

 棚からぼた餅、瓢箪から駒。

 諺でも故事成語でもなんでもござれな勢いで、予想外にすんなりと亜久津からOKの返事を取り付けた千石は、非っ常〜っに上機嫌に尋ねた。

「あぁ?・・食えりゃいーけど。」

「そりゃ〜ね。でも、せっかく作るんだし、食べてもらうんだし、あっくんのリクエストがい〜な〜。」

 それに、早めに決めてもらわないと買い物できないし。

 そう言って、千石はひょいっと入り口で取った緑色の買い物カゴをゆらゆら振った。

「あ、でも・・家にゴハンある?無かったらゴハン、チンするやつか、う〜ん、パスタとか・・?カレーもナン買っていったらいいかなぁ。作っても良いけど。」

 炊いてもいいけど、お昼もっと遅くなっちゃうしね〜、と。

 うむうむお悩み中の千石に、亜久津は俺も行くのかよ・・という顔を見せつつも、とりあえず返事をした。

「メシぐらいあんじゃねーの?知らねーけど。あと、パスタはいらねー。」

「え?あっくん嫌い?」

「腹にたまんねー。」

「あ〜・・そうかもね〜。あ、でもパスタだったらデザートと三時のおやつつけてもいいよ〜?」

 お腹ふくれなきゃお昼ゴハンの意味ないしね、と千石。

「何?」

「ん〜、パスタだったら結構ラクだから、ソース手作りにしても、ね。だから・・そーだな〜。

 あっくん、甘いの大丈夫だったら、ムースとか、クッキーとか、ケーキとか・・作れるよ?オレ。」

 エヘン、と胸を張る千石に。

 マジマジと亜久津の視線が集中した。

「んじゃぁ、パスタ。」

 流石にスーパーで煙草を吸うのは控えるらしい。

 手持ちぶさたに、手を口の辺りに持っていきながら、亜久津がボソリと言った。

「いいの?じゃぁ、そうするね。ん〜、パスタのソースのリクエストは?」

「フツーの。」

「ミートスパゲッティ?」

「あ〜・・なんかそんなヤツ。」

「オッケ〜。じゃぁ、デザートは?」

 そうと決まれば、と。

 ちょっとこの時間に白ランでお買い物は目立つのだが、あまりに堂々としているため、特に咎められることもなく、千石と亜久津はスーパーの中を闊歩する。

 勝手知ったる何とやらで、千石はさっさとパスタの置いてある棚に行くと、2・3人前用と書いてあるパスタの袋を手に取った。

「オマエ、何作れるって・・?」

「うん?だから、ムースとか、クッキーとかケーキとか・・って、そうだね。

 チョコレートババロアとか、フロランタンとか、シフォンケーキなんかかな?冷やすのと焼くのにちょっと時間かかるけど。」

 

 あっくん、好きなのある?

 オレはね〜、レアチーズかベイクドチーズがスキ〜vvと、どうもあまり甘さがこってりくるのは苦手らしい千石のラインナップ。

 

 

「・・チョコレートパフェとモンブラン。」

 

 

 ボソッと言った亜久津に、千石がキョトンと動きを止めた。

 笑われると思ったのか、亜久津は言った側からそっぽなぞ向いていたりする。

「じゃぁ〜・・チョコパは時間かかんないから、食後で、モンブランは3時のおやつにしよ〜ね?」

 が、もちろん、ここで吹き出すなんて愚行を千石が犯すはずが無く。

 なんでもないようなヘロリとした顔で、だったらアイスと、チョコレートソースと、バナナでしょ?コーンフレークに・・なんて、ウキウキと亜久津を引っぱって行

く。

「お、おい!?」

「ん〜、モンブランかぁ。えっと・・材料、揃うかな〜?」

 とか言いつつも、ザカザカお菓子の手作りコーナーに向かう千石。

「あ、ちょうどいい♪レシピがある。」

 ラックに結束バンドで留められた小さな紙片を覗き込んで、千石がじゃぁ、これと〜、と言いながらカゴになにやら入れていく。

「あっくん、珈琲お砂糖入れる?」

「あぁ?ああ・・まぁ。」

 イメージ的にはブラックを飲んでいそうだが、チョコレートパフェやらモンブランやらをリクエストするからには、甘いものが好きなんだな、と予想をつけた通り。

 「じゃぁ、OK」と呟いて、千石はまた別の目的地に亜久津を引っぱっていく。

「・・次は、んだよ・・」

「ん〜、無塩バター。お菓子づくりには結構使うんだよね〜。」

 流石に業務用のは置いていないが、掌サイズのケーキの絵の描かれたパッケージを手にホラ、と見せると、ふーん、と興味もなさげに亜久津がチラッと視線を寄越し

た。

「じゃぁ、後は・・あ、ヤバイかなぁ。」

「?」

「オレら制服じゃん?」

「それがどうした・・」

「ま、いっか。大丈夫だよね。このカンジじゃ。」

 亜久津が『???』という顔をしている横で、カゴの中身を見て何事か納得したらしい千石は、奥の棚の方からガチャガチャ音をさせて一本のビンを持ってくる。

「あ〜…ソレ、」

「あ、なに?あっくん、コレ家にあった〜?」

「・・あった。」

「あはは、味見してもあんまり美味しくないよね〜?コレって。」

 じゃ、イイや。

 そう言って、千石は料理用の赤ワインをラックに戻した。

 

 

「おい、まだか?」

 その後も、挽肉だのタマネギだのマッシュルームだの。

 自宅の冷蔵庫の中身など、当然の如く知らない亜久津に確認するまでもなく千石は緑色のカゴを一杯にしていった。

「ん〜、これでだいたいOK!あ、あっくん、ジンジャーエールとファンタとコーラ、どれがいい?」

「炭酸いらねー。」

「?じゃ、紅茶と珈琲だったら?」

「紅茶。」

「わかった。う〜ん、ティーセットがあったらゴールデンルールで淹れて上げるんだけどな〜♪」

 そう言いながら、ストレートティーではなくミルクティーのペットボトルで手を伸ばすあたり、千石はぬかりない。

「さて。栗の甘露煮も買ったし。あっくん、お会計してくるから、あっちで待っててよ。」

「・・あぁ。」

 レジの先にあるカウンターの辺りを指して千石が言うと、亜久津は、ベシッと何かを千石の顔にヒットさせて、気怠げに背中を向けた。

「あ、あっくん?」

「半分出しとけ。」

「え〜、いいの〜?作るって言ったのオレだよ?」

「オマエに借り作ったらロクなことにならねー。」

 まるですでに何度も経験済みだとでも言いたげな口調に、千石がクスクス笑う。

 素直でカワイーね〜。

 そんな、亜久津に聞かれたら鉄拳が降ってくること間違いナシな感想を心の中で述べて。

 千石は時間帯からしてあまり混んではいないレジへと緑のカゴを持って並び始めた。

 

 

「お待たせ〜。お言葉に甘えて半分あっくんのお金で払っちゃったよ。」

「あーそう。」

「うん。あっくんお金持ちだね〜。・・んじゃ、つめよっか。」

「・・知らねー。」

「駄目だよ、あっくん。半分はあっくんの取り分。」

 強制的に亜久津の手に透明な買い物袋を押しつけて、千石がニコニコ笑う。

 

 この辺りでは有名な真っ白の制服に、方や銀髪、方やオレンジ頭。

 そんな二人が仲良くお買い物しながら、店内をウロウロとしていて。

 背の小さい少年の方がどうやら強面の少年に対して主導権を握っているという図は、どうにもこうにも目立ってしょうがない。

 亜久津の容姿だから、不躾な視線は流石にないが、それでもチラチラと見られているのは分かる。

 

「・・チッ」

「あ〜っくん。あんまり怖い顔しないでよ。ね?」

 そう言って、千石がペチ、と亜久津に頬に指をくっつけた。

「触んな。」

「はい・は〜い。あ、あっくん、重いモノから入れてね〜?」

 ビンとか、あとは固いモノ。

 亜久津が嫌そうな顔を隠そうともしないのに、しょうがないなぁ、と千石がコレとコレと、と渡していく。

 が、案外、器用に詰めていく亜久津に、千石が不思議そうな顔をした。

「?あっくん、結構お家の手伝いするの?」

「しねー。」

「そう?手慣れてる気がするけど。」

「しねー。」

「・・了〜解!」

 こりゃ、してるね。

 そう思ったが、千石は賢明にも口をつぐむ。

 亜久津のこのご機嫌を損ねるのは得策ではない。

「ふわ〜、結構買ったんだね〜。」

「…」

「あ〜!そんな顔しないでよ〜!!」

 重いのは、デザートの材料が多いの!!と、千石が言うと、渋々というカンジで亜久津がひとつ袋を持つ。

「・・オラ、行くぞ。」

「は〜い!!えへへ、あっくん優し〜vv」

「テメェで持て。」

「冗談♪あ、あっくん家、どっち?」

 

 

 ・・あっち、と。

 決して可愛らしく指さした訳ではなくて。

 億劫そうに顎をしゃくっただけの亜久津だったが。

 千石は、ひどく嬉しそうな顔で、その後を追いかけたのだった。

 

 

 これから、キミの家に行こうね?

 

 

 

END


千石、亜久津を襲撃するの巻。(笑)

さぞかし、食堂の中なぞは大変な騒ぎになっていたことでしょう。

南くんと東方くんは、間違いなく脱魂状態で。(><)

ふふ、男子校の噂は早いですよ〜♪

まんまと餌で釣り上げた千石くんですが、さてはて、この後どうなることやら。

どうぞ、次回もおつき合い頂けますととってもとっても嬉しいです〜vv

 

 

 

 

 

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